吉祥生をもちながら、変化のある多種類の題材からうまれた「賀茂人形」。その呼び名は、近年になって名づけられたと考えられます。近衛家の宝物類を保管する京都の陽明文庫に所蔵される賀茂人形は、賀茂神社から贈られたと言い伝えられています。
賀茂人形は、江戸期の元文年間(1736〜41)に賀茂神社の雑掌・高橋忠重が柳筥(やないばこ)を作った残材で人形を作り、神職用装束の残裂で木目込み様式に、気に裂を押し込んで制作したのがはじまりとされています。そして、孫の大八がこの技を受け継ぎ、文化年間(1804〜18)に再びこの人形を流行させたといわれています。大八の制作したといわれる人形は、「大八人形」とも呼ばれています。
賀茂人形の顔は、丸顔で下唇を少し前に出した受け口に作られていて可愛らしく、いつも微笑んでいるような表情で、極めて品格高い趣があります。