「首振り嵯峨人形」と呼ばれる、もっとも古い嵯峨人形は、江戸中期の貞享・元禄(1684〜1704)頃に制作されました。これらは唐子(からこ)的なスタイルの童子で、手に犬や鳥、あるいは鞠を持った、寸胴の坐り姿です。
この人形の頭と胴は、別々につくられ、あとから二つをあわせています。頭部と胴部とも中空になっており、頭から伸ばした錘(おもり)が体内で揺れることによって、首が前後に振れるような仕組みになっています。また、口の中に作られた赤い舌が、首の振れによって、出たり入ったりする「からくり仕上げ」になっています。
なお、現存するものは非常に少ないのですが、背中部分に、仏像ではよく見かける「千輻輪(せんぷくりん)」(仏の足の裏にある、千の輻(や)が輪状になった紋様)が描かれているものもあります。